コソボ共和国　その参　ミトロヴィツァ市

プリズレンからプリシュティナでバスを乗り継いでミトロヴィツァ市へ向かいました。プリシュティナの北西に当たります。
この街はコソボ紛争において、特別な意味を持っています。1999年にコソボ独立戦争の戦闘行為はNATOによるベオグラード空爆を経て一応終息し、2008年2月17日にコソボは独立を宣言します。
戦闘行為が終息した後、ミトロヴィツァでは、イバル川を挟んで北にセルビア人、南にアルバニア人と分住が続きました。イバル川に架かる立派な橋は渡れないようにされました。そんななか、2004年3月17日に、イバル川でアルバニア人の少年が溺死する事件が起こりました。この事件がセルビア人による殺人事件であるとして、アルバニア人のセルビア人に対する攻撃が始まったのです。アルバニア人、セルビア人の双方にも、この暴動を鎮めようとしたKFORにも犠牲者を出し、民族浄化の様相を呈しました。
アルバニア人は南へ、セルビア人は北へ、行き場を失ったシンティ＝ロマの人々はセルビアへと移動が続きました。私が行った2012年には、完全に住みわけが行われていました。詳細は「ミトロヴィツァ_(コソボ)」(wikipedia)をご覧ください。

少し見づらいかもしれませんが、左が北です。上に見える鉄道駅がアルバニア人側のミトロヴィツァ駅、左がセルビア人側のミトロヴィツァ駅です。セルビア人側のミトロヴィツァ市街はこれでほぼ全部ですが、アルバニア人側は右――方向としては南――に広がっています。ミトロヴィツァ周辺からの避難民が流入して南側の人口はかなり増えたそうです。
イバル川に架かる封鎖された橋が中央やや右下寄りに見えます。プリシュティナからのバスは下の画像に見える "Xhamia e Zallit" というモスクの近くが終点でした。

プリシュティナのバスターミナルからミトロヴィツァ行きに乗り込みます。

少し走ると火力発電所が見えました。燃料は石炭ではないでしょうか。

プリシュティナとミトロヴィツァの中間地点で見かけた学校です。

廃墟と化した工場です。ユーゴスラビアと呼ばれた国のあったころ、経済的に豊かなスロベニアやクロアチアから集めた税金を、貧しいマケドニアやコソボにばらまく政策をチトー大統領（1980年5月4日没）は行なっていました。マケドニアで出会ったおばさんが「チトー時代は良かった」と言ったのは、このことだったのです。スロベニアやクロアチアがチトーの没後、いち早く独立に動いたのもこの故です。また、マケドニアがあっさりと独立できたのは貧しさの故でした。
アルバニアと並んでコソボもまたヨーロッパ最貧国ですが、ユーゴスラビア時代に稼働していた工場がこのような廃墟となって、農業を除けば出稼ぎ以外に何の産業もないのですから、努力が報われない社会になっていて、コソボの若者は本当にかわいそうです。旧ユーゴスラビアは社会主義国家でしたから、大企業はすべて国営でした。ユーゴスラビア自体が消滅したのですから、どうしようもありません。若者の努力が報われない社会は本当に困ります。アルバニアは、ねずみ講が破綻した挙句の果てに、国軍の武器庫から盗み出した武器をコソボに売ったり、煙草の代わりに栽培した大麻を西欧のアルバニア人シンジケートを通じて売りさばいたりしていました。ほんの数年前のことです。コソボもそうなりかねません。
この廃墟はミトロヴィツァの少し手前にありました。

右のぼろい建物がアルバニア人側のミトロヴィツァ駅です。

南、つまりプリシュティナの方向です。線路の錆具合を見ると、使われていません。

北、この先を左に曲がるとセルビア人側のミトロヴィッツァ駅があります。

駅まで連れて行ってくれました。

従兄妹同士だそうです。19歳と17歳。高校を卒業しても仕事がありませんから、どうしているでしょうか。

新しい橋なのですが、こんなことになっていました。ただ、渡る人が皆無なわけではありませんでしたし、私が渡るのに何の問題もありませんでした。

セルビア人側に渡って振り返るとこんな感じ。
2015年6月、このバリケードが撤去されたそうです。「誰が？」「何のために」撤去したのかは分かりませんが、いずれにせよ良いことではあります。これでアルバニア系住民とセルビア系住民の和解が進むなどということはありません。多少なりとも交流が行われるようになるには、次世代を待たなければならないでしょう。

土砂が盛ってある先にはこんなテントがありました。何が入っているのか分かりません。

橋のたもとには慰霊碑が。

立派な橋の100メートルほど上流に歩行者用のつり橋がありました。観光客なのでしょうか、子供連れで写真を撮っていました。特に危険な雰囲気ではありません。

上とは逆にイバル川の下流です。左がセルビア人地域。

橋のアルバニア人側のたもとにあるイタリアンのカフェレストランです。私も二度食べました。

イタリア軍からKFORに派遣されているそうです。お菓子をいっぱい持ってきていて、学校帰りの子供たちにあげていました。なぜかとても友好的で、右に見える装甲車の中を見せてくれました。初体験。多分、日本からの観光客が珍しかったのでしょう。
カフェ――彼らもトイレを借りたりしていました――から観察していたのですが、緊張感ゼロではありませんでした。

橋を渡って、セルビア人地域を歩いてみました。そこら中に見える旗はセルビアの国旗です。セルビア本国への帰属意識が強いのは理解可能です。峠をひとつ越えればセルビアです。彼らにとってここは生まれた町でしょうし、ここから離れないのはこだわりもあるのでしょう。それでも、若い人の将来はこのままでは難しいのはアルバニア人側と同じです。

さらに歩いて十字路に出ました。この道をまっすぐに行けばセルビア人側のミトロヴィツァ駅があるはずです。人も結構いますし、実はここには大学もホテルもあります。アルバニア人側のホテルに一泊したのですが、大失敗で、シャワー――とりあえずお湯は出ました――の排水が詰まっていて、とんでもなく汚いホテルでした。ネットで調べたところ、こちら側のホテルの方がぐっと居心地がよさそうです。大学は何大学か分かりませんが、「哲学部」と書いてあります。何を教えているのでしょうか？民族間の憎しみを煽るような思想もありますから。
もう少し歩こうと思っていたところで70歳前後の別段みすぼらしくもない格好の乞食に「1€くれ」と言われてしまいました。乞食は大の苦手でさっさと引き上げました。